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2018年  9月12日の「大阪あそ歩」茶屋町&中崎町-2

2018年9月19日    2018年  9月12日の「大阪あそ歩」茶屋町&中崎町-2
            社友会カルチャー教室「大阪再発見 町歩き」
12日は、社友会のカルチャー教室として「大阪再発見 町歩き」の第一弾、大阪あそ歩の
ガイドさんで梅田界隈、大阪市北区茶屋町&中崎町を~月は東に日は西に~与謝蕪村
の心の故郷を参加者29名で歩いた。(予定は13時~のんびり歩いて~16時50分解散)。
社友会のU西幹事発案のカルチャー教室で今回は、歩こう会からは世話人5名が参加し
お手伝い(・S藤・K場・M吉・R得・T原)する事に・・・
当日阪急梅田駅 1Fコンコース ビッグマン前に昼食を済ませて13時に集合・スタートし
散策の途中から小雨が降ったり止んだりの天気になったが無事に終了、我々歩こう会の
世話人5名は、終了後中崎町の葉村温泉(銭湯)で汗を流し前日に予約した298梅田店
で慰労会?反省会?飲み会・・焼肉食べ放題&アルコール飲み放題の90分間に挑戦。
コース  阪急梅田駅中央口一階 ビッグマン前に13時集合 参加費@1000円
阪急梅田駅(スタート)~凌雲閣鶴~網敷神社~与謝蕪村句碑~四つ辻の井戸~白龍
神社~済美公園~大阪韓国文化院~大阪能楽会館跡~歯神社(ゴール・解散)
案内して頂いた、大阪あそ歩のガイドさんご両名、A井さんK吉さん有難う御座いました。
K吉さんには、解散後に帰り道だと言う事で葉村温泉(銭湯)の近く迄ご一緒頂きました。
自宅近くのバス停前
レジャービル
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阪急梅田駅一階の集合場所
全員に注意事項&班毎の写真撮影(青リボン班と赤リボン班に分かれてスタート) 
梅田
昔、此の辺りは湿地帯で、明治維新以降の土地開発でこれらを埋め立てて、当初は、
「埋田」(うめた)と呼ばれていたが、近くの大阪天満宮の梅花殿にあやかって「梅田」
になったと言われています。

凌雲閣鶴へ向かう
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凌雲閣鶴
明治22年(1889年)に完成した木造9階建ての娯楽施設(展望台)です。高さ130尺
(39m)ほど、1、2階は5角形、3階からは8角錐台の形で、その上に丸屋根が付いて
いました、周囲には池泉が整備されて、四季折々の花が咲き誇り、茶店、遊技場が
設けられていたと言います。今宮村(現在の浪速区・日本橋辺り)にも「眺望閣」と言
う同じ様な娯楽施設が有って、其方を「ミナミの5階」、凌雲閣のことを「キタの9階」と
呼んで、当時の大阪庶民に親しまれましたが残念ながら昭和初期に撤去されました。
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能勢海道へ向かう
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能勢街道を歩いて鶴の茶屋跡
此の付近は江戸時代後期~明治中期にかけて、大阪一大行楽地で、鶴、萩、車と言
う茶屋が並んで、大いに賑わっていました。「茶屋町」という地名は当時の名残りです。
鶴の茶屋跡前の道は「能勢街道」「中国街道」に当っていて、綱敷天神社の社前付近
から屈曲した道が、かつての旧街道の面影を残しています。
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綱敷天神社御旅社へ向かう
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綱敷天神社御旅社裏の自動販売機
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綱敷天神社(つなしきてんじんじゃ)御旅社
御祭神は平安時代の政治家・歌人・学者の菅原道真公です。延喜元年(901年)に道
真公が無実の罪によって、九州・大宰府へ左遷されたさいに、此の地で咲いていた紅
梅に目を留めて、其れを良く見る為に船のとも綱を円座状に敷きました。後に天神さま
となった菅公が「綱を敷いた」事が所以で、綱敷天神社が創建されたと言います。
綱敷天神社の本社は、約800m南東の北区神山町に御鎮座しています。御旅社(お
たびしゃ)は元々は本社の南に有り、古くは「梅塚天神」といって、菅原道真公が眺めた
という紅梅が有りましたが、明治初年頃に梅田・茶屋町の氏神としてお迎えしたいとい
う住民の土地の寄進があって現在地に鎮座しました。臨時で設けられる「御旅所」とは
異なり、常時御祭神が鎮座しているので「御旅社」といっています。
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与謝蕪村句碑 「菜の花や 月は東に 日は西に」
与謝蕪村(1716~1784年)は江戸時代の俳人・画家で、摂津国東成郡毛馬村(現在
の大阪市都島区毛馬町)に生まれ、20歳の頃に故郷の毛馬村を出て、江戸や下総、
東北、丹後、讃岐など各地を旅しながら多くの俳句を詠みました。江戸俳諧中興の祖
として、松尾芭蕉、小林一茶と並び称される巨匠で、また俳画の創始者でも有ります。
晩年は京都で暮らして、清貧の中で生涯を終え、一度も大阪・毛馬には戻りませんで
した。この句は安永3年(1774年)に作られた句です。江戸時代から明治初年の頃迄
は、蕪村の故郷の毛馬から天満、茶屋町にかけては、あたり一面、菜の花畑でした。
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茶屋町
毎日放送
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此処までは、
9月12日の「大阪あそ歩」茶屋町&中崎町-1 として
         下記のセカンドブログへ詳細を投稿すみです。
        https://tahara-nara-amami.blog.so-net.ne.jp/2018-09-19
此処では、続きの中崎町 四つ辻の井戸~の詳細を掲載します。
※四つ辻の井戸
中崎町名物!迷路のような路地裏、迷路のように入り組んだ中崎町の路地裏に戦争
中に活躍した井戸が有ります。
※中崎町・・・無国籍シティー?とも
中崎町、しばらく前までは今のように名前の知られた人気エリアでは無かった。 戦災
を免れたことで残った長屋や個人商店、昭和に建築された古いマンションやアパート、
銭湯、小学校などが建ち並び、梅田から徒歩圏内の立地であるとは信じられないぐら
いに、昭和の下町の雰囲気を色濃く残した閑かな町でした。
10数年前に「天人(アマント)」「巣バコ」といったカフェがオープンしたのを皮切りに、そ
こから古着や雑貨の店、カフェなどが徐々に増え始め、昔ながらの庶民的な町並みと
個性的なショップとが混在する魅力的なスポットに変わっていったという経緯がありま
す。人気のレトロショップ・・・「green pepe」 「2匹のゾウ」 「ANDANTE」 
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白龍神社
お地蔵さんの祠(ほこら)、その後ろには枯れた楠の古木、かつてミイ巳が祀られてい
たとか。「白龍さん」
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吉美荘 昭和レトロなアパート
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済美公園
中崎町の地域住民の憩いの場所です。30年前には公園横に駄菓子屋さんが有って、
近くに有る済美小学校(現在はは廃校)の子供たちの放課後の溜り場でした。今の駄
菓子屋の雰囲気とは比べ物にならない程大盛況でした。女の子たちはそこのおばさ
んと何時も相談したり、会話したりで第二のお母さん的な存在でした。都会のど真ん
中にある、古い町並みの中の静かな公園をゆっくり味わってみて下さい。
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JAM POT
フランス雑貨や、動物や植物をモチーフにしたアクセサリーを多く取り扱っている雑貨
店です。時期によって商品は変わりますが、手書きイラストのプラ板ブローチだったり、
星座のヘアアクセサリー、パステルカラーのアニマルメモパッドなど、ファンシーで個性
的な雑貨が多い様です。
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天五中崎通商店街へ向かう
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地下鉄中崎町駅
天五中崎通商店街
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本庄産院跡(ほんじょうさんいんあと)
大正9年(1920)4月1日浄法寺の北側に寄付により開設した大阪市最初の産婦人科
専門施設の跡。昭和8年(1933)扇町2丁目に移転し扇町産院と改称されました
本庄産院から扇町産院を経て、戦後は外国人やGHQ将校が宿泊する「ホテルナニワ」
へ転用されたようです。
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大阪韓国文化院
韓国の伝統文化から、最新の韓流情報迄、韓国文化の発信地として活動しています。
知己の皆さんが韓国をより身近に感じて頂けるように、韓国映画の上映やコンサート、
文化講座、講演会、料理フエスタなど、様々な韓国文化に触れるイベントを開催して
います。中崎町の隠れ家的なお店を探索しながら、気軽に韓国旅行気分を感じて見
ましょう。
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大阪能楽会館跡・・・工事中
1959年に能楽専用ホールとして誕生、総檜造りの本舞台に橋掛りを施し、白洲が舞台
を囲む伝統ある能舞台でした。昭和34年、観世シテ方の故大西信久さんが創設しまし
た。老朽化の為に2017年12月で閉館しました。
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歯神社(ゴール・解散)
歯神社(はじんじゃ)、主祭神は歯神(はがみ)大神さまで、歯、全般の神様として信仰
されています。元々は此処に在った巨石を地元民がお祀りしていただけの小さな祠で
したが、梅田一帯が水没するかというほどの淀川の大氾濫を、歯神様の巨石が歯止め
したことから、「歯止めの神様」として慕われ、何時の頃からか「歯痛止め」「歯の神様」
となりました。明治になってから、正式な神社にしたいという地元民の思いで、綱敷天
神社の末社に加えられました。毎年6月4日に歯ブラシ感謝祭を行っています。
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中崎町
葉村温泉(銭湯)
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神山町 
綱敷天神社・・・綱敷天神社の本社
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東通り商店街
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堂山町 298梅田店
前日迄に予約、焼肉食べ放題(1080円)+アルコール(ビールはスーパードライ)&
ソフトドリンク飲み放題(1080円) 制限時間90分、他費用は、替え網 1回50円
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